水辺の祭祀
生活に密着した人々の願いを祈った「水辺簿祭祀」について、用語の説明と野洲川下流域の事例を述べます。
「水辺の祭祀」の意味するところ
「水辺に祀り」に関する言葉の定義を行っています。考古学者によって言葉の持つ意味が必ずしも同じではなく、このホームページで用いる言葉の定義としておきます。
水辺の祀りとは
水辺=水のあるそば(川、井戸、溝など)で行われた祭祀について考えてみます。川に流す、川や井戸に沈める、などの行為を通して「向こう側にいるカミに通じる、あるいは呼び寄せる」祀りごとを「水辺の祀り」としておきます。水はこの世界と向こう側の境界を示しています。
では、水のない土坑(穴)や溝では祀りごとは行われなかったのか? というと、そうでもなく、弥生時代の人たちは土坑や溝に祭祀具を埋めて盛んに祭祀を行っていました。
井戸の祭祀と土坑の祭祀
井戸の定義は、第2章第2節で構造的な視点より説明し、井戸と土坑の識別が難しいこと、また、当時の人々は飲み水を川や泉から得ていたことも述べました。水が湧き出る「井戸」は祭祀用途考えられ、用途として首長のまつりに用いる「聖なる水」を得る施設と、多くの人々が生活に密着した願い事を行う「水辺の祀り」の2つの側面があるようで、発掘された井戸を弥生時代の人たちがどのような使い方をしていたのか、井戸のある周辺の状況や出土遺物から判断せざるを得ません。
悩ましいのは、井戸の祀りと土坑の祀りがどう違うのか? と言うことです。
滋賀県埋蔵文化財センターにおられた秋田裕毅さんは「井戸も土坑である、たまたま深く掘って地下水位まで達したのが井戸である」としています。現代のわれわれが思い浮かべる「井戸」と原始・古代の人たちが掘っていた井戸・土坑は本質的に違うとしています。
秋田さんによれば、生活用水を得るための井戸は奈良時代以降のものだそうです。多くの遺跡や文献資料から導き出した結論であり、井戸・土坑は地下他界に住まうカミへの連絡手段であり地下のカミを導く路であると述べています。
自噴する井戸の場合には、その水を使うこともあるでしょうが、秋田説では「地下のカミ」への祭祀(カミマツリ)を行うのが井戸・土坑であるということになります。
地下のカミとは、農作物、草木を育む大地の力であり、死後の人を受け入れる世界です。
「知っておきたい基礎知識/水の祭祀」のところに書きましたが、土坑の役割として食料保存穴、木器保存穴、廃棄穴(ごみ箱)などの見方があり、実例もありますが、秋田さんは、これら用途の矛盾、井戸の数の地域差や遺跡間の差、土坑の数の多さなどを指摘し、ほとんどの井戸・土坑は祭祀用の穴であるとしています。
ただ、今回のホームページ制作にあたり「井戸」のいろいろなケースを目の当たりにし、川や泉などと同じように井戸の水の向こうに、祈り願うカミを見ていたと考えるようになりました。
溝の祭祀
今回いろいろな遺跡の調査をして、溝に祭祀物が埋納されているケースが多くありました。どうやら溝は井戸や土坑と同じような意味合いを持つようです。丸いのか細長いかの違いです。ただ、水の有無によって、地下他界との境界であったり水面の向こう側のカミとの境界になったりしたのでしょう。もう一つ気になったことは、川のすぐそばに水のない土坑や溝が掘ってあり、そこに祭祀物が入れられていることです。地下他界のカミとの交流のためなのか、川の祀りに付随する溝での水辺の祀りなのか、
当時の用途は分かりませんが、あまりにも川に近いので「水辺の祀り」として扱います。
まとめますと;
@川や井戸、溝の水面が「向こう側にいるカミ」との境界で、祭祀物を入れることによりカミと通じる。
これが「水辺の祭祀」。
A土坑や溝の底が「地下他界に住まうカミ」への連絡手段であり地下のカミを導く路である。
土坑の祭祀は今回対象としていないが、川のすぐそばにある土坑・溝は「水辺の祀り」の付属施設として
取り上げています。
これが「水辺の祭祀」。
A土坑や溝の底が「地下他界に住まうカミ」への連絡手段であり地下のカミを導く路である。
土坑の祭祀は今回対象としていないが、川のすぐそばにある土坑・溝は「水辺の祀り」の付属施設として
取り上げています。
「井戸」の扱い
各地の発掘調査報告書を調べていると「井戸」と「土坑」を区別しています。でも、この使い分けは普遍的なものではなく、地域や発掘担当者によっても違っています。前述しましたが、現に担当者自身が使い分けに頭を悩ませているそうです。
ここでは、調査報告書の通りに「井戸」と「土坑」を表記することにします。
祭祀の対象としては、上の考え方に従い、川辺にある水のない土坑や溝も取り上げます。
水辺の祭祀の分類
分かりやすくするために、祭祀の形を分類します。
水辺の祭祀
川の祭祀
川岸の祭祀:川岸から祭祀具を流したり埋めたりする祭祀
水場遺構の祭祀:川の水を引いて水場遺構を作りそこで行う祭祀
井戸の祭祀(土坑を含む)
井戸の祭祀:単独で存在する井戸で行う祭祀
川辺の井戸の祭祀:川際に存在する井戸での祭祀(溝や環濠のそばの井戸も含む)
溝の祭祀(環濠を含む)
川と同じ位置付け
川岸の祭祀:川岸から祭祀具を流したり埋めたりする祭祀
水場遺構の祭祀:川の水を引いて水場遺構を作りそこで行う祭祀
井戸の祭祀(土坑を含む)
井戸の祭祀:単独で存在する井戸で行う祭祀
川辺の井戸の祭祀:川際に存在する井戸での祭祀(溝や環濠のそばの井戸も含む)
溝の祭祀(環濠を含む)
川と同じ位置付け