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服部遺跡-弥生〜古墳早期 の水辺の祭祀
 〜大洪水に何度も見舞われ都度再生した集落の祭祀〜
服部遺跡は弥生時代前期から平安時代まで続く野洲川下流域の重要な集落です。
野洲川の氾大洪水で土砂に埋もれ、その後再生することを断続的に繰り返してきました。
その歴史の中で、農村集落であった弥生中期、拠点集落として栄えた弥生後期〜古墳早期の水辺の祭祀の姿を見てみます。
遺跡の概要(弥生時代中期)と水辺の祀り

〜農村集落として土器を溝に埋める祭祀が行われていた〜

弥生時代中期には、辺り一面に大きな方形周溝墓が造られます。
中期途中に生じた中規模の洪水で押し流された後、墓の残骸がない部分に新たな方形周溝墓が築かれ、周辺部に多くの竪穴住居が建てられます。
弥生中期の服部遺跡分布
弥生中期の服部遺跡分布  出典:守山市発掘調査報告書より作成

発掘範囲外の集落の広がりが分かっていないのですが、見つかった集落の一部に限ると、一般的にみられる集落のようです。 これまで紹介してきた拠点集落で出土したような祭祀遺物はほとんど出ていません。 出土物を簡単にまとめてみると;
・集落を巡る大きな溝からは多量の土器が出てくる。完形土器も多くある。
・1m弱〜3m近い土坑が数多くあるが、半数以上の土坑には何も入っていない。1〜2個の
 土器破片が入っている土坑が多い。多くて10個程度の破片
・竪穴建物からも土器が出るが破片が多い。
・農耕祭祀に用いられたとされる木製農具は出てこない(発掘調査報告書に書かれていない)。
・特別な遺物として、玉作工具の石材、玉の原石片、銅鏃の鋳型の欠片が出ている。
 いずれも竪穴住居から出ていて、水の祭祀かどうかわからない。

完形土器を溝や土坑に入れるのは祭祀行為であると言われているので、この時代の服部遺跡の人たちは完形土器を溝に入れて祀りごとをしていたようです。
木製農具については報告書の情報がなく、不詳です。
図には川道が描いてありますが、これは中期末の大洪水で発生した新たな川なので、この時代にはこの川はありませんでした。区域外には野洲川が流れていましたが、ここでの祭祀の様子は分かりません。
遺跡の概要(弥生時代後期)と水辺の祀り

〜後期後半には環濠集落が現れ、希少性のある格式高いな祭祀具を使っていた〜

中期末の大洪水で一面土砂に覆われた土地に新たに竪穴集落が建てられます。
それも、後期中頃の洪水で流され、少し離れたところに環濠集落がつくられます。
弥生後期の服部遺跡分布
弥生後期の服部遺跡分布  出典:守山市発掘調査報告書より作成
【弥生時代後期前半】
弥生時代後期前半の集落での祭祀は、弥生中期とほとんど同じようです。
川に沿って掘られた大溝に土器が入れられます。川が近くにあるのですが、川から土器はほとんど見つからず、川での祭祀はなかったようです。
【弥生時代後期後半】
環濠内に多くの竪穴住居があったと思われますが、後世に削平されてしまいました。
出土物から見ると、格式高い朱塗りの櫛や青銅器生産をうかがわせる遺物が出ており、拠点集落として機能していたようです。
出土物を簡単にまとめてみると;
・川道から多くの土器、木製品が出てくる、またいろいろな祭祀具が出て来る。
・環濠からも完形土器を含む多量の土器が出て来る。
・他の拠点集落で見られたような特別な祭祀具が出ている。
朱塗りの櫛:細かい細工で権威を示す品
銅鏃5点::同時期の下鈎遺跡でも出土しており、これに次ぐ
銅鐸の鋳型:青銅器生産をうかがわせる代物。青銅器工房があったのか?
朱塗りの盾:拠点集落で見られる祭祀具
手焙型土器20点:卑弥呼王権と重なる特別な土器で、他の拠点集落でも数点しか出ない。
         ヤマト王権とつながる下長遺跡で数点見つかっている。
弥生後期の出土品
朱塗りの櫛     上左:銅鏃 上右:銅鐸の鋳型 下:朱塗りの盾     手焙形土器  
写真:守山市教育委員会
弥生中期の祭祀と弥生後期前半の祭祀はローカルな集落の祭祀の様子を示し、弥生後期後半の祭祀では、突如、拠点集落的なランクの高い祭祀具を使いだしています。
これらは環濠や川道から出土しており、ランクの高い祭祀は「水辺の祭祀」の形態をとるのかもしれません。このことは、力の強い首長がここにいたと言うことでしょう。同時期、伊勢遺跡に巨大な祭祀空間が現れ、この地域全体が大きな力を発揮し出した可能性があります。
遺跡の概要(古墳時代早期)と水辺の祀り

〜本格的な導水施設を構築し、首長の祭祀を行った〜

川道や埋没しつつある弥生後期の環濠へ多量の木器と土器が入れられます。(廃棄と言う人と廃棄ではないという人がいます) 木器も日常使いではなく祭祀性の強いものが出土しています。
またランクの高い祭祀具が溝や川道から見つかっています。 導水施設が築かれる時期ですが、これらの祭祀具が導水施設の祀りと関係があるのか不明です。
古墳早期の服部遺跡分布
古墳早期の服部遺跡分布  出典:守山市発掘調査報告書より作成
特別な出土品
・勾玉、管玉:碧玉製の硬質の貴重な玉(古墳時代に増えだす柔らかい滑石製品ではない)
・小型?製内行花文鏡:直径8cm、国内模倣品。
・竪櫛:薄く削った竹串をU字形に曲げている、黒漆で装飾塗装
・朱塗り木剣:鞘に収めた刀を模した祭祀具
・鳥形土器:水鳥の頭部を模した土器。下長遺跡でも出土している。
古墳早期の出土品
 小型?製内行花文鏡     上左:勾玉と管玉 上右:竪櫛 下:朱塗り木剣     鳥形土器
写真:守山市教育委員会

導水施設が築かれているが、川をはさんだ対岸にあるので、ここに記した祭祀具は関連性はないものと考えます。したがって、これらは「水辺の祭祀」と言えます。
朱塗りの木剣など、王権の祭祀に値するのかもしれません。
銅鏃は下鈎遺跡、下長遺跡でも使われています。

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